2017-07-27

東西邂逅枸杞珈琲(枸杞伝説)

 砂漠を越えて冒険、お姫さまのお供で海を冒険 

 東西邂逅枸杞珈琲 

 (枸杞伝説) 


【前のお話し】西太后・地骨之皮(枸杞伝説) 


馬可波羅ことMarco Polo

監獄の中で気持ち良さそうに居眠りをするオヤジ。

ほら吹きマルコ、陰では皆そう呼んでいる。


捕虜になったからといって、特に苦役を課されているわけでもなかった。

つまり、ヒマなのだ。

囚人同士がヒマに飽かせて語り合う与太話。

大半は女の話か検証不能の武勇伝。

同じ話を何度も繰り返し、繰り返す度に話は練れて大きくなっていく。


そんな中で、このオヤジの冒険譚は新鮮で面白かった。

なにしろマルコが語り始めると、みなが集まって来て聞きたがった。


「ん、来てたのか、ルスティケロ」


マルコが起き出した。


「よくもそんなに眠れますね、こんな監獄で」


「眠ることと、食べること

 それがしっかり出来ねばな、旅は出来んよ」


このオヤジは語る。

教皇さまの親書を携えて、沙漠を越えて東の都に旅をした。

そして東の国の王に拝謁して王宮で働いた。

そもそもそれは、その王に請われてのことだったと。


「眠って食べるだけじゃ、有りませんよね

 前に言っていたじゃありませんか

 東の都の秘薬の話しを」


「秘薬?、ああ、あれは都じゃない

 東の国の辺境を旅した頃だよ」


マルコが語り始めると、ヒマ人が集まり始めた。

聴衆のひとりがヤジを飛ばす。


「それで、オヤジはよ

 どーやって東の国から帰ってきたんだって?」


「それは、前に話したろう

 ペルシャに嫁ぐお姫様のお供をしてだ

 海路を船で帰ってきたんだよ

 戦乱が有ったからな、陸路は取れなかった

 そりゃぁ、ひどかったぞ

 旗艦以下、14隻の艦隊を組んでだ

 乗組員が600人

 2年がかりでペルシャに着いた時にはだ

 それがたったの、18人になっていた」


 お姫さまのお供をして海を冒険! 


どっと笑い転げる聴衆。

自分も同様に、故意に同じ話を聞き返してみた事が何度かある。

このオヤジの話は大きくならない。

正確に同じ話を繰り返す。

この与太話は、或いは事実かもしれぬ、最近では思い始めている。


マルコ・ポーロが東方の秘薬の話を語り始めた。


皇帝、フビライ・ハンの命を受けて、元の大都(北京)を出立した。

地方や辺境を訪れて、その地の風俗・産業・信仰といった情報を収集し、皇帝に報告する。

というより、面白げに皇帝に話して聞かせるためだ。

皇帝を面白がらせておきさえすれば、交易のための情報収集がタダでできる。


高原を越えて寧夏(ニンシャー)に差し掛かる頃、食糧が尽きてしまった。

疲労困憊しながら旅を続け、中寧のあたりで漸く人家を見つけたのだが、

寧夏中衛県のトングリ砂漠と黄河

その家の婦人は病床に就いていた。

若嫁とおぼしき女性が看病をしている。


症状は『胃寒』なのだと言った。

上腹部が激しく痛み、食事を受け付けない。

おそらくは、胃炎だろう。


─ 胃寒は、胃の陽気を損傷して生じます

─ 腎と肝を温める、この薬湯を飲んでくれさえすれば

─ でも、少ししか飲めないようなのです 


そんな状態がかれこれ2週間、婦人は日に日に弱って来ており、若嫁はやつれ切っていた。


─ 遠い旅をなされるのですね

─ よかったら、これをどうぞ


若嫁は、その薬湯を我々に振舞ってくれた。

それは小さな赤い木の実をチキンスープで煮出した物だった。

礼を言いながら押し頂いて、飲んでみる。

滋養が体中に染み渡った。


旅の疲労感が消失していった。

視界が良好に、なっていった。


長い旅を続けていると、ふとしたキッカケで突然に疲労感が消失することはある。

どこまでも前に進める気がしてくるのだが、危険な兆候だ。

それは非常用の体力を消費し始めたということなのだ。


そんな時には、視界が狭くなっているものだ。

周囲への目配りが利かず、気が付けばただ一点をじっと見つめている。

その視界が良好になり、目配りが利くようになっていた。

その薬湯の赤い木の実には、確かに、体力を回復する効能があったのだ。


枸杞の樹

「その赤い木の実が、秘薬ですか?」


「地元の者は『神果』とも呼んでいたな

 若嫁に見せて貰ったが、2~3mの潅木がな

 群落を形成して、赤い木の実が鈴生りだった

 秘薬なんてものじゃあない

 寧夏ならどこにでも生えている、枸杞って木だよ」


「その、寝込んでいる御婦人はどうしたんです?」


「うん、何か礼をせねばとは思ってな」


荷物の中を漁ってみた。

ろくな物もないが、コーヒー豆が少し残っていた。

磨り潰して、婦人に与えてみた。

婦人の食欲は改善して、病状は快方に向かい始めた。


えーっ、胃炎なのにコーヒーですかあ、乱暴だなあ


そんなことあるか、

 胃炎なんぞ大半は気の病だよ

 コーヒーで気分がスッキリしたらだ

 胃の調子も戻ってくるってもんだろう」


「そーかなぁー」


「そーなんだよ、だってホントに治ったもん」


「それにしても、そんなスゴイ薬湯ならですね

 なぜ若嫁は自分で飲まないんですか

 ひどく憔悴していたんでしょう」


それは違うね、『尊老之道』というものがある。

年長の者、目上の者、それを先に考える。

自分のことは置いておいてね、それは文化というものだよ。


「でも、せっかく交易の情報収集をしてもですね

 こんな監獄に捕まってたんじゃ台無しですよねー」


そんなことあるかっ!

今時分、家族やギルドの仲間がな、

たんまり稼いでいるよ。

ワシの老後は安泰なの。


語る、マルコ・ポーロ。


ルスティケロはマルコ・ポーロの与太話しを口述筆記しました。

『東方見聞録』が、与太話ではなく事実である。

そう認識され重用されるようになったのは、200年後のことになります。


マルコ・ポーロは枸杞子を携えて旅をするようになり、旅の道々でコーヒーと枸杞子の配合を研究しました。

疲労回復の妙薬として、枸杞コーヒは、マルコ・ポーロの足跡に沿って地方の王侯貴族の間に秘かに伝わっていったと言い伝えられています。



【次のお話し】尊老之道(枸杞伝説) 


枸杞子の伝説を漁っていて、よもやマルコ・ポーロに行き当たるとは。

アイスクリーム伝来もマルコ・ポーロの仕業なんですって?

なんか、強引だなあ。


緑茶に、クコの実を浮かべたり、菊の花を浮かべたりして、普通に飲みますからね。

コーヒーにクコの実を浮かべる奴が出現しても不思議ではありませんが、まさか商品化しているとは。

現物を見たいなと思って、上海から送るようにお願いしてみたんですけど、「バカバカしい」と応じて貰えませんでした。


そんなクココーヒーにおまけで付いている伝説?でした。

マルコ・ポーロの漢字表記は、原話では『馬可・波羅(マークー・ポールォ)になっていましたが、他にも違った表記もあるようです。




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